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2011年7月に報告した、ヴェネチアの街を高潮から救済するためのプロジェクトであるモーゼ計画の進捗及び付帯状況についての続編。
1.設置工事状況

当初の計画では、リド港(Porto di Lido)41個、マラモッコ港(Porto di Malamocco)19個、キオッジャ港(Porto di Chioggia)18個、合計78個のフラップゲート式可動堰を、2014年までに設置するとされていたが、明らかに遅れが出ている。ヴェネチア市がサイト上にて公開している情報によれば、最初の1個が、本年6月14日リド港に設置され、その後6月26日に1個、7月1日に1個、7月4日に1個の合計4個が設置完了しているだけの状況になっている。
(フラップゲート設置工事)

今回設置された4個のフラップゲートは、縦18メートル・幅20メートル・熱さ3.6メートルで、先行して据付されていた海底基盤への取り付けがおこなわれた。

海底基盤とフラップゲートの接続には、フラップゲート1個あたり2個の留め金具が使用され、留め金具1個はそれぞれオス(高さ3メートル、重量10トン)とメス(高さ1.5メートル、重量25トン)で構成される。
この4個のフラップゲート設置で、第一段階が終了とされ、2013年9月末に稼動実験がおこなわれ、実際に機能するかどうかの検証がなされる予定となっている。現在の工事終了時期の目標は、当初より2年遅れの2016年に変更されている。
2.数字で見るモーゼ計画
● 2003年 = 工事開始
● 18キロメートル = モーゼ計画工事現場の全長。
・1.6キロメートル = 完成時のフラップゲート式可動堰の全長。
・30分 = フラップゲートの起動にかかる時間。
・15分 = フラップゲートの収納にかかる時間。
・78個 = フラップゲートの総数。
・100台 = 海中工事に使用される機械設備の総数。
・4,000人 = 設置工事に関わる労働者の総数。
・54億9千300万ユーロ = 約7千141億円(1ユーロ=130円換算)
 モーゼ計画の当初予算は46億7千800万ユーロ(約6千81億円)であったが、現在まで既に当初予算を上回る49億3千400万ユーロ(約6千414億円)が投資されており、2016年の完成を目指し、不足額を埋めるべく追加予算の支給が決定されている。
・2千万〜1億5千万ユーロ = 約26億〜195億円(1ユーロ=130円換算)
 フラップゲート式可動堰完成後の管理・維持に必要とされる年間予算。完成を2年後に控えた現在でさえ明確な年間の管理・維持費が明らかにされていない。発言する人により、明確な根拠がないまま2千万・2千500万・3千万、果ては1億5千万ユーロと変化している状況。何よりも一番重要な誰が費用を負担するのか、国なのか、州なのか、県なのか、市なのか、についても決定されていない。
3.地球温暖化(海面上昇)の観点からの批判

既に設置工事に入っているモーゼ計画であるが、地球温暖化による海面上昇が続くなか、将来においてもフラップゲート式可動堰が、ヴェネチアの街を高潮から守ることができるか、という観点から研究発表が幾つかされている。

・2012年9月28日にギリシャのアテネで開かれた、洪水等に対する防御に関しての国際会議において、イタリア人工学者Paolo Pirazzoli(パオロ ピラッツォリ)氏が、“海面上昇が予測されるなかでモーゼ計画はヴェネチアを守ることができるか”という題目で
講演をおこなった。パオロ氏の結論は否定的であり、フラップゲート式可動堰が仮に不具合なく作動したとしても、ヴェネチアの街を守るには不充分であると言っている。

パオロ氏はまずモーゼ計画が始まるきっかけとなった1984年の法律から講演を始めており、この法律によるヴェネチア救済計画は、“実験的であり、漸進的であり、後戻りできる”ことが求められていた筈なのに、フラップゲート式可動堰の海底基盤を支えるために海底に埋められた夥しい数のセメント柱のスライド写真を示しながら、明らかに漸進性に欠け、後戻りできない計画であることを非難し、フラップゲート式可動堰がうまく作動しなかったり、モーゼ計画の予想を超える海面の上昇が発生した場合には、フラップゲート式可動堰を、そのまま廃棄処分するしかないと語った。

パオロ氏は続いて海面上昇の予測について言及し、モーゼ計画がスタートした1984年当時において西暦2100年における一般的な上昇予測は16.4cm、モーゼ計画のための予測は22cmであったが、パオロ氏によれば国際的な専門機関の意見を無視したものであり、現在では2100年の海面上昇は最低で50cm、最高で140cmと予測されている。

その他の問題点として、パオロ氏はフラップゲートの“共振”現象を挙げており、質問書を提出したものの、モーゼ計画の専門家からは何らの回答もないとのこと。
(フラップゲートに共振が起こると、ゲートが不安定になり、ラグーナ側に海水が入り込む可能性が高くなるとのこと。詳細を調べたものの、関係資料が見当たらず不明)

結論としてパオロ氏は、今仮にフラップゲート式可動堰が完成しているとしても、1966年に発生した194cmの高潮が発生した場合、ラグーナ側の水位を110cm以下に保つことはできず、モーゼ計画はヴェネチアの守り主にはなり得ず、2016年に完成した場合でも、その後わずかな期間で廃棄せざるを得ないだろう、としている。


・2013年5月4日には、ヴェネチア市役所においてヴェネチア環境協会が、“海と直面するモーゼ計画”という題目での会議をおこなっている。その会議の結論は以下の通り。

1.モーゼ計画のための工事は、ラグーナ(潟)の生態系に悪影響を及ぼし続けている。

2.モーゼ計画は、将来的な海面上昇を過小評価したうえに成り立っている。

3.フラップゲートは非常に不安定であり、共振現象は現在における海面の高さにおいてもヴェネチアの街を洪水にさらす原因となる。

4.実験では、例えフラップゲートの共振現象がなく、海面上昇が20cm以下であっても、ある程度の悪天候がヴェネチアの街に高潮を引き起こすことが示されている。

5.1966年の高潮が再発生した場合には、今現在においてもヴェネチアの街を洪水から守ることはできない。

この会議は、モーゼ計画に対する様々な批評に耳を貸さず、経済状況が悪化している状況にもかかわらず投資を続けているイタリア政府が、緊急にこのコストが掛かりすぎる計画の限界を考慮すべきであると提唱している。

また、仮にまだ技術的な解決法を導入できるのであれば、重力式フラップゲート(前回の報告の中で、モーゼ計画以外の対策案として記述されている方法)に置き換えることにより、共振の問題を回避することが可能になり、堰の寿命を数十年延ばすことができるとし、つまり長期的な海面上昇に対抗するには現在のモーゼ計画は不充分であるが、少なくとも50〜60cmの海面上昇には耐えうるようにするべき、と言及している。

4.海洋工学者の意見


2013年5月13日のL’ESPRESSO紙面上に、水行政府技術委員で海洋工学者であるEnzo Di Tella(エンツォ・ディ・テッラ)氏の、モーゼ計画に関するインタビュー記事が掲載されている。エンツォ氏によれば、フラップゲートは非常に不安定であり、1997年の段階でその事に気付いて忠告していたにもかかわらず、計画はそのまま承認されており、発表されているフラップゲートの安定性は虚言であると答えている。

エンツォ氏によれば、巨大な堰が海中の波立つ動きにさらされることにより、振動を引き起こし、フラップゲートのいわゆる“ぐらつき”を発生させ、強化セメントで作られた海底基盤を押し潰すことになり、堰の効果が失われ、高潮が非常に速い速度でラグーナに押し寄せることになると言及している。

エンツォ氏は、モーゼ計画による設置場所の1つであるMalamocco(マラモッコ)湾にて実際の1/80スケール模型にて実験をおこなったが、フラップゲートの安定性を保証するものではなかったとしている。

5.新ヴェネチア事業団

モーゼ計画に関わる研究・開発・建設工事を独占的におこなっているのが、新ヴェネチア事業団(Consorzio Venezia Nuova)と呼ばれる団体で、イタリア政府(インフラ・交通省)から事業認可を受けている唯一の団体である。イタリア大手建設会社・協同組合・地方企業などの多数の企業により構成された事業団で、1984年の法律第798号を根拠として結成されている。
新ベネチア事業団のサイト上では、モーゼ計画に関する質疑・応答が公開されており、下記にそのいくつかを紹介する。
質問:
モーゼ計画は予定通り機能し、ヴェネチア防衛を保証できるのか?
応答:
モーゼ計画は長期間に渡り研究・分析・モニターされてきたもので、実物大に対する様々なスケール模型による実験もおこなってきている。専門家集団による検証・管理がされてきており、結果は常にフラップゲート式可動堰の完全な作動と有効性が示されている。今日では、この方法は高潮の問題を抱えた他国へのモデルとなっている。
質問:
モーゼ計画は、将来的な海面上昇に対しても有効か?
応答:
モーゼ計画は、次の100年間に起こる60cmの海面上昇に対応できるよう設計されている。
質問:
ラグーナ(潟)は、いつも閉鎖された状態になるのか?
応答:
海面上昇が110cm未満の場合は作動せず、現在と同じようにラグーナと海は繋がった状態になる。
質問:
フラップゲート式可動堰の特徴は、水没した施設であるということになるが、海中でゲートやその他部品が腐食し、堰の機能に支障を及ぼさないか?
応答:
使用されている金属の品質が耐久性を持っているほか、通常のメンテナンスや5年ごとの特別メンテナンス時には、堰を分解してフラップゲートの取替えがおこなわれるため、機能性に問題はない。

当然のことながら、新ヴェネチア事業団の見解は、モーゼ計画に肯定的なものばかりである。周りからの批判・批評に耳を傾けない閉鎖性や、独占事業であるが故の事業内容に関する不透明性など、いくつかの問題点を抱えた団体となっている。

次の章にて、実際に社会的問題となった件について記載する。

6.モーゼ計画を巡る経済事犯


2013年7月12日、4個目のフラップゲートが取り付けられて間もない頃に、イタリア財務警察(財務省管轄で、脱税や密輸の摘発などを任務とする組織)は、虚偽請求と不正な請負契約の罪で、新ヴェネチア事業団の14人を逮捕した。500人の捜査官が、ヴェネト州・ロンバルディア州・フリウリ-ヴェネチア-ジュリア州・エミリア-ロマーニャ州・トスカーナ州・ラッツィオ州・カンパーニャ州で捜査をおこない、約100人が尋問されている。新ヴェネチア事業団が、多くの関係会社で構成されているために、捜査が広範囲になった。逮捕者の中には、6月末で解雇された事業団の元トップや役員が含まれている。

捜査の中で財務警察が明らかにしたのは、新ヴェネチア事業団が、オーストリアの会社を通してクロアチアから購入する矢板と砂のコストを不正に高くし、オーストリアに隠し財産を作っていたもの。その後の調査で、スイス・カナダ・タイの銀行口座やクロアチア・オーストリア以外にもルクセンブルグの会社も絡んだ大規模な不正が明らかになっている。
これらの不正に蓄財されたお金は、新ヴェネチア事業団にとって重要な政治家や、ヴェネチア及びその近郊に存在する団体・組織・会社などに闇で分配されていたことが証言されている

7.モーゼ計画の将来


フラップゲート式可動堰の機能自体及び海面上昇予測に対する疑問、高コスト体質による工事、ヴェネチアの生態系への悪影響に対する批判、新ヴェネチア事業団が抱える問題、 完成後の保守・点検費用の負担、など多くの疑義を抱えているモーゼ計画であるが、既に基礎工事の80%が終了していると言われ、莫大な金額もつぎ込まれていることから、2013年9月末に予定されている4個の稼動実験において、余程の不具合が起こらない限り計画がストップされることなく、このまま進行することは間違いない状況にある。

新ヴェネチア事業団が発表しているように、フラップゲート式可動性が完全に機能し、将来的な海面上昇にも耐えうるものであり、2016年の完成後には少なくとも向こう100年間は、ヴェネチアの街の守護神となることを願うのみと言える。

以上

追記:2013年9月29日現在で、フラップゲート4個の稼動実験がおこなわれたという記事はどこにも出ていない。

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